一条の光が差す、仄暗い井戸の底でウケているともっぱらの噂の【或る人の有る事無い事】、第3回。
今回はRAW現像について。
と言っても方法論を語るわけではなく。
ちょっと最近RAW現像を取り巻く環境?関係者?に疑問が湧いてきたので書きなぐってみます。
RAW現像出来ないと取り残される?
ネットとか見てると、どうもRAW現像出来なきゃダメだぞ!的な雰囲気が大勢を占めているように私には見えます。認知バイアスか何かかな?
(ここでいうRAW現像は、カメラメーカー純正のRAW現像ソフトというより、Adobe Lightroomで行うやつという扱い。基本パラメータ変更〜色毎に変更とか、明瞭度とか、かすみの除去とか。完全に人を消すなどPhotoshopの領域はまた別の話ということで。)
もうそれはちょっと必死なくらい。
今時のフォトグラファーはRAW現像くらい出来なきゃダメだよねーなくらい。
映えだよ、バエ!
ほら、巷にはたくさんRAW現像の本や動画が溢れてるじゃないか!君もすぐにできるよ!
そう聞こえるんです。
そんな流れに押されて私もRAW現像やってますけども。
挙げ句の果てに全ての写真をRAW現像しなきゃと強迫観念に支配されています。
卵が先か鶏が先か
あれ?なんかおかしくない?って最近思うようになってきました。
じゃあなんでカメラメーカー各社は各々の色とか設定してるの?推してるの?
なんか巧みなマーケティングに乗せられていない?
RAW現像より前に何か大切なことあるような気がする。
その上でどうしてもカメラだけでは出来ないことがあればRAW現像なりなんなり考えればいいのではないか。
RAW現像やめますか、写真やめますか
でもRAW現像って素人にとってはタバコというか、麻薬というか。
先ほど書いたように一度ハマると強迫観念めいたものが追ってきます。
- 撮って出しみてるけど・・・絶対どっか直すところがあるんじゃないか?
- 写真選択してて微妙な写真を拾うか捨てるか・・・まてよ、RAW現像でどうにかすれば拾えるんじゃないか?
- うーん、カメラの設定適当だったなぁ・・・後でRAW現像でどうにかしちゃえ★
いや、どう考えてもこの考え方はおかしい。(仕事ならもしかしたら致し方なしでそう考えることもあるかもだけど、期限が無い・大量に納品する必要の無い趣味でこれっていいの?)
・・・写真って、なんだ?
そもそも撮りすぎ?
私はAdobe Lightroomを使ってます。
普通の写真管理だといちいちフォルダとかダブルクリックして開いて・・・しかもRAWデータは普通のアプリじゃ中身見るの少し手間。
でもLightroomはどれだけ大量にRAW写真があってもツリー状に一覧できるように並べてくれるんですよね。
しかもその後レーティングとか出来ちゃうんですよ。
となるとそりゃ枚数気にせず写真撮るようになります。
私みたいな素人は数打ちゃ当たる方式であまり考えずに撮ります。
うーん、それでいいのかなぁ?
何が真なのか
私としては、グッとくる写真を目指したいわけです。(グッとくるて何なのか、というのはまた別の機会に。何となく察して感じて。)
そのためにRAW現像が必須だと思っていた。
でもなんとなくそれが違うと気づいてきた。
単にうわべをなぞっている気分です。目的と方法を取り違っているというか。
ではうわべじゃないもの、本質?とは何か。
・・・それはまだわかりませんが、マーケティングとかそういうのに踊らされないものであるのは確かだと思います。
撮って出しが良いとか悪いとか、RAWが良いとか悪いとか、そういうことではありません。
多分そんなのケースバイケースでしょうし。
そういう二元論とかじゃなく、もっと写真の本質を追求したい、ようやくそんな感情が芽生えてきたような、そんな感じ。
あ、でも子供の写真は全部本質だと思ってます。そういうことか?
一応そんなことを考えつつ、とりあえず根性論の精神で持って何もいじる必要のない写真はほぼそのままにする、という精神的鍛錬をはじめました。
多分来週くらいにはPhotoshopの使い方勉強しよう!とか言ってるぞ。
ということであることないこと書きましたが、あるびとの写真道は五里霧中・まだまだ混沌の中ですが、また次回。